被告の男「すべて間違いです」 女性(23)殺害・遺棄事件(2026年2月17日)

 4年前、茨城県で23歳の女性を殺害して遺体を山林に遺棄した罪に問われている男が初公判で無罪を主張しました。

 三瓶博幸被告(37)は2022年に茨城県常陸太田市の別荘で都内に住む女性(当時23)を殺害し、付近の山林に遺体を遺棄した罪に問われています。

 今月17日に東京地裁で開かれた初公判で、三瓶被告は「すべて間違いです」と起訴内容を否認しました。

 検察側は冒頭陳述で、「女性の生存が最後に確認されたのは被告の別荘だった」として犯行が可能だったのは三瓶被告しかいなかったと指摘しました。

 一方、弁護側は「殺害や死体遺棄の直接証拠はひとつもない」として無罪を主張しました。
[テレ朝NEWS] https://news.tv-asahi.co.jp

8 Comments

  1. 感情論(正義・平和・人権)を一切排除し、「環境への順応」「生存戦略としての適応」「コスト対効果」という生物学的・機能的な観点のみに絞り、なぜ銃合法や自衛手段の保持が現在の情勢において「マシ」に見える側面があるのか、​現代社会の「リスクの変化」に対し、どちらのシステムが即応性と生存確率を高めるかという視点での考察。
    ​1. 暴力の非対称性と「力の均衡」への適応
    ​規制された国における最大のリスクは、「ルールを守る者(非武装)」と「ルールを破る者(武装)」の間で、圧倒的な暴力の非対称性が生まれる。
    ​環境の変化: テロリズム、無差別殺傷、あるいは組織的な強盗(闇バイト等)など、犯行が突発的かつ凶悪化する。
    ​規制国の脆弱性: 厳格な銃規制は「全員が従う」という前提で機能するシステム。だが無法者が刃物や違法銃器、車両等の凶器を用いた時、順応出来た市民は一方的に蹂躙される「獲物」となる。これは生態系において、捕食者に対して防御手段を持たない個体が淘汰されるのと同義。
    ​合法国の適応: 市民が武装可能である場合、犯罪者側にとって「反撃されるリスク」が発生。これはゲーム理論における「攻撃コストの増大」を意味し、暴力の非対称性が緩和され、力が均衡すること自体が、物理的な抑止機能として作用する。
    ​2. 公権力の限界と「即応性」の欠如
    ​「警察を待つ」という制度は、現代のスピード感や凶悪犯罪のタイムラインに適応できていないケースが増えてる。
    ​タイムラグの問題: 警察への通報から到着までには、物理的に数分〜数十分のタイムラグ(空白時間)が存在する。凶行の多くはこの数分間で完遂される。
    ​環境への順応: 警察機構(公助)が機能不全に陥る災害時、暴動時、あるいはへき地において、自身の身を自分で守る(自助)能力を持たないことは、環境適応として不完全。
    ​分析: 銃合法な社会は、「セキュリティの分散化」が進んでいると言える。中央集権的な警察力に依存せず、個々がエンドポイントで即座に脅威を排除できる能力を持つことは、インフラが不安定な時代において、よりロバスト(堅牢)なシステムと言える。
    ​3. 技術的環境の変化と規制の実効性喪失
    ​テクノロジーの進化により、「物理的に武器を取り上げる」という規制モデル自体が時代遅れになりつつある。
    ​製造の容易化: 3Dプリンター銃や、ドローン兵器、密造銃の技術拡散により、国家が銃器を完全に管理・排除することは技術的に不可能になりつつある。
    ​適応の失敗: 「法律で禁止すれば銃はなくなる」という考え方は、デジタルデータと物流が発達した現代環境には適応できてない。
    ​現状認識: 武器が遍在してしまう環境が不可避であるならば、「全員が持たない」を目指すよりも、「脅威に対抗できる手段を確保する」方が、現実の環境変化に対する順応として合理的。
    ​4. 捕食者と被食者の力学(ソフトターゲット化の回避)
    ​犯罪者やテロリストを「合理的判断を行う捕食者」と見なした場合、彼らは最もコスト(反撃リスク)が低く、リターンが高い場所を選ぶ。
    ​ソフトターゲット: 銃規制が厳しく、反撃の恐れがない学校や商業施設、あるいは国そのものが、捕食者にとっての「安全な狩り場(ソフトターゲット)」として認識される。
    ​ハードターゲット化: 逆に、「誰が銃を持っているか分からない」環境は、捕食者にとって不確実性が高く、リスクの高い環境。
    ​結論: 治安が悪化し、誰もが潜在的な攻撃者になり得る現代の「高リスク環境」においては、自らをハードターゲット化(武装・防衛力の誇示)することが、個体としての生存確率を上げるための適応行動となる。
    ​まとめ:システムとしての分析
    ​質問者様が「マシに見える」と感じるのは、現代が「安全神話(性善説)に基づいた中央集権的な防御システム」の限界を露呈し始めているからだと分析できる。
    ​規制された国: 「国家が守ってくれる」という前提に全ベットしている。国家機能が揺らいだり、想定外の脅威が発生したりした瞬間、システム全体が脆弱になる。
    ​銃合法な国: 「最終的な安全は自己責任」という前提で、個々が物理的な実力を保持している。混沌とした状況や、公的システムが低下した環境において、生存のための選択肢が多い。
    ​「平和」や「人道」を抜きで、「過酷で予測不能な環境で生き残るためのシステム」として合理的かは、自己完結型の防衛能力を持つ銃合法的な方が、現代の不安定な情勢に対しては「適応度が高い」という結論になる。日本は銃刀法で銃規制が、厳しいがどうなるか。

  2. 検察側の主張もわからんことは無いけど、犯人を決めつけるほどの証拠では無さそうー

  3. 物証がなければ無実を主張した方が通るしそれを考慮した量刑が期待出来るだってそういう制度ですし理屈ですから、という理屈がまかり通っているから犯人はお前以外にありえないという直感は蔑ろにされがちです。